国分寺のお鷹の道に行ってきた。

日曜日だったが、国分寺に行って来た。寒い朝だった。

最近、自転車に乗っていないのだが、腰関係が不調なのだ。ギックリ腰ではないのだが、慢性的に疲労がたまっている。私の場合、昔、山小屋アルバイト時代にボッカを日常的にやっていた。ボッカとは荷揚げのことだ。

人間はロバさんのように体が輸送仕様にできていないのであるが、ビールだとかプロパンガスだとか米だとか生鮮品なども荷揚げしないと生きていけないのである。それで、背中に担いで運んでいたのであるが、それは確実に腰を悪くする行為である。

以前から整体の先生には「腰がずれている」といわれていたのだが、疲れがたまるとジワーッと来るのである。今回は、国分寺の鍼の先生に鍼と灸をしてもらった。鍼を打ってもらうと神経が反応してビクッビクッとケツの筋肉が動くのが面白い。

お灸は気持ちがいいですなあ・・・。腰の疲れがたまると、本屋で立ち読みしている時にとても辛くなる。やや下向いて本を読んでいると腰に負担がかかるのだ。

国分寺は、浪人して代ゼミに通っているときに住んでいた。祖母がいるのだ。当時は、まだ駅ビルもなく特別快速も停まらなかった。夏になると快速は扇風機しかないので汗だらだらなのだが、特別快速は冷房車だったので三鷹まではなるべく特別快速に乗ってそこから乗り換えるようにしていた。

ちょうど椎名誠氏が有名になるころ、「昭和軽薄体」と文体をひとくくりにされる前年だったか前々年あたりのことである。椎名さんのやっていた本の雑誌はまだ限られた書店にしかなく、バックナンバーは、お茶の水の茗渓堂に行かなければ入手できなかった。当時、椎名さんが書いていたのだが、「国分寺駅南口の古本屋のオヤジはいつもラーメンを食べている」は、真実であった。

椎名さんの出世作「さらば国分寺書店のオババ」の国分寺書店はすでになく、陶器屋になっていた。この頃村上春樹氏がジャズ喫茶を南口でやっていたらしいのだが、なんという店だったのだろう?もちろん、南口のラーメンオヤジの古本屋も、もうない。

浪人しているとあまり心の余裕がないので散歩などしなかったのだが、自転車に乗って定期的に東京農工大に大学ノートや京大型カードを買いに行っていた。国立大の生協はとても安かったのである。その東京農工大に向かう道を途中で曲がるとお鷹の道へすぐに行けるのだ。

お鷹の道は、真姿の池につながる。真姿の池と、武蔵国分寺と日立中央研究所が水源になり、それが野川といわれて二子玉川付近で多摩川に合流するのだそうだ。そんな水源があるなんて当時は全く知らなかった。寒かったが、晴れていたから行ってみた。

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お鷹の道の入口はすぐに見つかり、水路に沿って遊歩道が整備されていた。水はきれいだが、藻が結構はえているので水温は高そうである。付近にこれだけ住宅があれば注意しないとなかなか飲めないよ。それにしても付近にある農家の大きいこと。国分寺でこんな大きな家に住めるなんて豊かな生活である。

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わずかな距離で真姿の池に着いたが、なかなか風情がある。真姿の池は、小さいが透明度が高く、鯉とカモが共存している。これが水源だ。

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水量は豊富だ。18リットルのポリタンク持参で水を持っていく人を2人見た。ちょっと水温が高めだ。しかし、貼られていた検査データを見たら、夏でも雑菌は(-)にはなっていた。

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カモは慣れていて餌をねだって寄ってくる。

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池をでかくして鯉をマスにかえると上高地の明神池みたいである。弁財天があったので賽銭いれて参拝。

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水源は水量が豊富であったが、やはり藻が多いので水温は高いのだろう。そばに農家の野菜直売所があった。それほど安くなかったので買わなかったが、ここでお店をやっているとそれなりの売り上げになるだろうなあと思った。国分寺駅からわずかな時間でこんなところに行けるのだから、結構住みやすそうなところである。

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