駒沢公園50キロイタリアンジェラートフェアですと

4時に目が覚めたのでそのまま起きた。なんとなく蒸し暑い。週末は今日だけが晴れで明日は雨だそうだ。本当にすっきり晴れない。

ヨガをやるときは雑音がない方がよいに決まっているのだが、録画していた「タモリ倶楽部」と「ドキュメント72時間」が面白そうなので、つい見てしまった。最近お気に入りなのは、TBSの「オトナの!」。短い深夜番組でスポンサーがらみなのは分かるが、鼎談+1が生っぽくてよい。昔の月刊PLAYBOYのロングインタビューを思い出す。もちろん録画して後で見ている。

図書館で順番が回ってきたので大峯千日回峰行 修験道の荒行を借りてきて読んだ。塩沼亮潤さんは私より7つ年下の方で、本を読んでいくとこの厳しい修行を始めた頃は、日本がバブルに向かっている最中だったのだろうと思う。

厳しい修行の様子は引き込まれるように読んでしまった。修行期間は1年のうち5月から8月末までの4ヶ月。何しろ1日の行程がほぼ50キロあって、夜中の零時にスタートして15時に戻ってくる生活を休みなしで120日続けるのだ。標高差は1700m。登山をやる人は分かると思うが、この標高差はきつい。しかも距離が50キロ。1日なら我慢できるが120日続く。しかも、風邪をひいても熱があっても下痢をしていていてもどんな事情があっても絶対に休めない。この縛りはすごいと思う。

しかも、自転車で50キロ走るのはわけないが、歩きの50キロはものすごく重労働だ。

コースは標高がそれほど高くない山だから、熊も出るしマムシもいる。それと何より道中に出てくる幽霊の話が興味深かった。私も山小屋一人小屋番をやったりしていたので、すごく分かるような気がする。人里離れたところで不思議なことがあると、これは夢なのか現実なのかという気分になるのだ。私の場合は、お姿は見たことがないが、音はかなり聞いている。

今日は天気がもつという話だったが、雲があやしい。EOSのバッテリーを充電したのだが、駒沢公園を周回することにした。雨が降りそうになったり、晴れたり。それを繰り返していたが、夕方以降は雲が増えて暗くなるのは早かった。

先週はほとんど走らなくて、その前の週は150キロ。体は安楽指向にできているので、しばらく走らないと50キロ走るだけでも気分的に大仕事になる。しかし、いつも通り、ある距離を走るとその後は気分が楽しくなる。やり過ぎるのもいけないが、体はいつも怠け者で安楽指向にできているということを自覚すると、毎日少し負荷をかけておくというのがよいのかもしれないなあ。

日暮れ前に第二競技場では上智大学と学習院大学のアメフトの試合をやっていた。照明がつけられて格好良かったがスタンドに入るには入場料が必要だったので外から少し見ていた。

駒沢公園ではイタリアンジェラートフェアをやっていた。

15090501

現在までのデータは次の通り。
本日の走行距離50.13キロ
total 52580キロ
走行時間2時間52分34秒
平均時速17.4キロ
本日の体重:72.4キロ
本日の体脂肪:20%

自転車でやせたい。多摩川・駒沢サイクリングダイエット日記

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コメント

  1. アコード より:

    お茶の水は自転車は置けるのですが、スクーターは駐輪場がないので置きにくく、エチオピアは違った場所の支店を探すようです。しばらく行かないかな。味はだいたいわかりました。ココ一番のほうが日本風で食べやすいですw

    私の記憶が確かなら、厳しい修行って以前NHKでやってた「行を成し遂げた人は生きた不動明王」という称号だった気が。でも不動明王は社会に大きな改革を成し遂げた人というイメージがあります。

    「厳しい修行を成し遂げた」ことがえらいのではなく「その超人的忍耐力を社会のために役立てた人」が不動明王と呼ばれる気がします。忍耐強いだけがえらいならエスパー伊藤は偉大な超能力者ですww

    思うに仏教界も、立派な寺ばっかり建てて国宝だなんだ行ってますが、困ってる人を助けるために寺を開放、炊き出しするほうが社会の役に立つと思う。信長が寺に火を掛けて焼いたのは、彼個人の利害関係だけだったのかどうか??

    人を幸福にすることが有意義なのであって、厳しい修行を100年やろうが「不動明王」とふんぞりかえっていては、人は救えません。3歳子供のやさしい言葉やしぐさのほうが
    はるかに人の心を救う気がします。

    目的と手段を取り違えてはいけないとおもいます。人を救うために修行するのであって、修行で満足して高位の聖人でいばってるのは無駄です。お釈迦様は人を救うためにすべてを捨てて生きたのでしょう。粗末な貧しい暮らしをしながら。

  2. くになか より:

    アコードさん

    確かにあの辺は駐輪するのは大変ですね。裏道も含めて駐輪場はほとんどなかったと思います。山の上ホテルに停めるとか。(笑)
    仏教界はその通りなのかもしれません。