明けましておめでとうございます2021年

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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。早くコロナ騒動が収束し、読んで下さる方にも、ついでに、私にもよい1年となりますようお祈りします。

元旦からよい天気で、3日になったが、まだ初詣には行っていない。神田明神に行って新しい将門さんのお札をもらって来たいのだが、元旦のニュースを見るとかなり混雑していたので、しばらくしてからでいいやと思った。

コロナ騒動は、年末からイギリス(だけではないが)で発見された変異種の感染力が強いというニュースが入って来たことと、年末からPCR検査を受ける人が増えたせいで、ニュースで発表される感染者数がとても増えた。東京では少し前に1000人を超えた日もあった。

その割に、気にしていない人が多いようにも感じている。私もいまのところは様子見だ。世の中があまり気にしていない感じは、個人的にはよいことだなと思っている。

ただ、どこにお参りに行っても、自分のことよりも先に、早く納まって下さいと祈らずにいられない。

年末、毎回録画している「呑み鉄(のみてつ)本線・日本旅」の録り逃していた「秋・関東鉄道・真岡鐵道を呑む!」の再放送があり、録ることができた。

数日前、服部文祥さんのサバイバル家族を読んだ。内容はいつものように面白いのだが、自分が本の中で語られていることに少し感情移入しにくくなっていることに気がついた。

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本を読む楽しみは、書かれていることを「我がこと」として追体験することだ。読むものが多すぎる時代は、こんな変化が起きるんだなと思った。

私は営業の仕事を長らくやっていたので、メールや手紙のやりとりなどは相手が余計な気をつかわないように、必ず自分の方が出して終わりにすることにしている。

最近は、やりとりがすごく多いせいかそんな微々たることはとっくの昔に破壊されていて、LINEなどの(半ば強制的な)手段を選択しないと、返信がすぐに来ないことが増えた。

今年のコロナ騒動前からそんな感じになっていたが、コロナ以降、それが増えた。リアルで会うことが減って読むものが多くなったからだ。

なんとなくそれが当たり前になって人との距離感が開くと、また別な価値観が生まれそうで面白い。根拠はなく「感じ」なのだが、損得よりも無意識の好き嫌いが今まで以上に物事に反映される割合が大きくなるのではないかと思っている。なんか子供みたいだけど、案外、人ってそんなものかもしれない。

嫌われないようにするのが少し前の処世術だったかもしれないが、これからは好きな人を探すのがよいかもね。

今日は昼前にユニクロのタイツをはいて駒沢公園へ。よく晴れているんだけど、11時で5℃とか。空気が冷たい。駒沢公園では高校サッカーの試合前だったみたいだ。いつもなら試合前から応援がうるさいのだが、関係者だけを入れるだけなので静かなものだ。

駒沢公園の中央広場は、親子連れが多く、風があまりないのだが凧揚げをしている人が多かった。走らないと揚がらない状態だ。

駒澤大学前の梅は、紅梅が離れていても花がたくさんついているのがわかるようになった。この場所だけはいつも暖かい。

たくさん咲いてもこの紅梅に元気がないのがいつも気になる。

風は吹いていないが、漂っている空気が本当に冷たいので走っている人は少なかった。駒沢公園を周回するとき、ここだけはいつも暖かい場所だ。

この木はとても元気で花に勢いがある。

花がまあるくて、弾力がある感じなんだ。

撮って帰って来たら、箱根駅伝で、駒澤大学が10区の最後の最後で創価大学を抜いて優勝した。おめでとうございます。

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