朝はともかくひどく暑くなった40キロ

4時に目が覚めてしまった。思ったより外は暑くなかったが、今日もとても暑くなるのだそうだ。毎年、前年のことをほとんど忘れてしまうのだが、ここ数年、8月15日を過ぎると、急に秋が来る印象がある。今年は8月1日に梅雨明けしたから、暑いといってもまだ半月だ。

今日も10時から駒沢公園へ。

30℃を超えていたが、まだ日陰で風が吹くと涼しく感じる。ただ、暑くなる感じがわかるので、ほどほどのペースで走る。走りながら見上げるとセミが見えるようになってきた。だいぶセミの人口密度も上がってきているようだ。

抜け殻も少し注意すると結構見つかる。

昨日から、本棚の奥にあったアースダイバーを読んでいる。

東京の古地図をもとに解説する人は結構いらっしゃるが、この本はその先駆けだったかもしれない。

昼前になると、風が熱風になってきた。これは暑くなる。駒沢公園はまだ日陰が少しあるので休めるが、今日多摩サイを走っている人は大変だろうな。

多摩サイでもそうなのだが、駒沢公園でも日焼けマニアの方がいて、晴れていると裸になって焼いている。今日はすごく焼けると思う。私も少し焼けた。私が子供の頃は日焼けは健康のもとみたいな(多分、ビタミンDの関係だ)話が多かったが、その後皮膚ガンになるとか、最近では皮膚の老化が早くなるという話になっている。年寄り時代らしい話だ。若い頃は、日焼けした女の子がとても魅力的に思えた。

駒沢公園で30キロ走る間に、ランニングしている人が激減した。わかる。今日はあぶない。自転車と違って走っていると体の中に熱がたまってしまう。私はボトルに水を入れて飲みながら走っているが、ランニングしている人はそういうわけにいかない。

なんとなくのノルマを果たして、早々に引き上げた。昼前にほとんど人がいなくなった。暑すぎるからだ。

帰ってからぬるま湯から水を浴びて素麺をゆでて食べた。去年学習したのだが、こういう時は、キュウリが効果的だ。キュウリに軽く塩を振って食べると、体にたまった熱が解消される。

つい最近、夜中にBS1で2006年夏の甲子園の駒大苫小牧VS早稲田実業の決勝戦を放映していたので録っておいた。今日見たのだが、すごかったなと思う。延長15回で引き分け再試合。

なんとなく思い出すのは、多分、その日、日本のほとんどの人は早実の優勝を祈っていたこと。18歳のハンカチ王子のキラキラした雰囲気は、今見ても何とも魅力的だった。一体どんな大人になるんだろうと思ったものだが、当時の映像を見てまた同じことを思った。

リアルタイムでは、再試合の日、仕事をさぼってどこかの区役所に行って座って見ていた。電器店だとずっと立って見ていないといけないからだ。投手戦になり点数が入りにくい試合になるだろうなと思った。

外見もスマートな早実の選手は、再試合のために酸素カプセルに入って疲労回復を図り、外見がジャガイモみたいな駒大苫小牧の選手は、丼メシ3杯がノルマだったとどこかで読んだ記憶がある。確かマー君は、再試合の日に発熱してとても具合が悪かったんだね。

マー君は最後のバッターになって打ち取られた。ヘルメットを抱えてゲームセットの挨拶をしていた。負けても泣きもせず淡々とした態度だった。

私は北海道人なので、なぜ駒大苫小牧が強くなったのかとても興味があった。当たり前だが北海道で野球が強かったのは、札幌、旭川、函館といったもっと大きな街の高校だ。苫小牧も小さな街ではないが、王子製紙とアイスホッケーは有名だけど、とりたてて特徴がある街ではない。駒大苫小牧高校もアイスホッケーはそこそこ強かったがいつも優勝するほど強い高校ではなかったので、野球でも有力選手を獲得できるような高校ではなかった。

昔のことを覚えているけど、春の甲子園が始まる頃、北海道では雪解けが始まる。そんな調子だから北海道の高校が甲子園で優勝することなんかないだろうなとずっと思っていたけど、北海道の高校が何度か優勝し、しかも、その高校が苫小牧の高校だなんて、考えたこともなかった。

当時の香田監督は、甲子園に出てくる名監督という枠にはまらないような人だったみたいだ。こういうところは面白くて興味がある。

今やマー君はヤンキースのエースであり、斎藤佑樹選手は、日ハムでなかなか勝てない日々を送っている。高校生でこんな強烈な経験をして、自分が投げ勝った相手がヤンキースのエースになっていたら、中途半端では選手生活を止められないのはわかる。

しかし、ケガをした体に衰えを感じてきたら、引退して早く別の道を選択したらよいと思った。こういう人はスポーツキャスターになって余生を過ごしたいなんて思わないだろう。何かできっと勝負する人だ。頑張ってほしいなと思った。

総走行距離82341キロ

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